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生きることに積極的になれない

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ラジオ体操をやってみる 外にでたいと思えない。
人と会いたいと思えない。

でも、このまま身体が衰えていくのは困る。

それで、今日からラジオ体操をやってみようと思います。
何か一つでいいので目標を決めてみようと思いました。

失敗してもいいんだよ、と自分に言い聞かせてっと。

分からないことの方がきっと多い うつ病になる前から、「なんでだろう?」とよく考える癖があった。

病気になって、
「なんで自分は生きているんだろう」とか
「なんで死んでしまいたいと思ってしまうんだろう」とか
時間が驚くほどあるから、わたしは「分からない領域」に足を踏み込みまくっている。

そんなこと、分かるはずなんてないけれど、考えてしまう。

分かるはずなんてないのに、分からないと、悲しくなって、死にたくなる。

でも、どんな偉大な人たちだって「そんなこと分からねぇよ」と生きている。

分かっているのは「今日も命が与えられている」ってこと。だけなのかな。

他にも、自分の気持ちの動きとか、人の感情の流れとか、全然分からない。

どうしたら自分が嬉しいのか、分からない。
多分、やってみなきゃ分からない。

こうした方がいいんじゃないかってやってみるけれど、上手くいかないことばっかりなんだ。

最初から「わかっていること」なんて、きっとほとんどない。

最初から「わかっていること」ってのは、きっと「わたしが今生きているってことと、あなたが今生きているってこと」。

たったそれだけなんだと思う。

たったそれだけの事実の中で、わたしたちは生きていく。

自分を信じて。

わたしは神を信じる自分を信じて。



わたしがイマ恐れていること 饒舌になる時は、決まってその場で負けていると感じる時だ。
ムスっとなる時は、決まってその場で受け入れられていないと感じる時だ。

以前飼っていたペットはとても凶暴で、小さなころ、何度も噛まれて今でも痕が残っている。

そのペットは多分、かなり寂しがりやで、私たちに愛されたかったんだと思う。

そんなペットをイマ思い出して、自分と重ねてみている。


病気になってから、
「1度でも受け入れてもらえた」と感じられた人になら会える。
だけど、病気になってから
「会ったことがない人」には会うのがとてつもなく怖い。


まさにイマ、弟の友だちというのは、それにあたるのだ。

それで、わたしは、動けずにいて、怯えている。


じゃぁ、わ…

上司も同伴で「まだ無理なんだ」に気づく〜4回目の心療内科〜

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はじめに 薬物療法が体に合わず、病院を変え、
新しい病院での診察は4回目になりました。
現在、2週間に1回のペースで診察していただいています。

うつ病と診断されてからは約2ヶ月が経とうとしています。
前の病院の含めると、6回目の診察。今病院が4回目となります。

少しでも調子がよくなると、
職場へ行って仕事をしようと思ったり(思うだけ)
人に会おうと努力したり(実際会えた人もいる)
うつ病の本を読んで勉強したり(読めない時もある)
ぐーたらしないように趣味を見つけたりしました。

病人なりにとても頑張ったわけです。

12月中旬頃からすこし浮き始めてきた?

と思ったのですが、仕事のことを考えたり、上司に会って復職について考えたりすると、とても落ち込んでしまい「ふりだし」に戻ったように感じました・・・。

「頑張らないこと」がうつ病を治す?うつ病と付き合う?
それが秘訣なのに、私はすごく頑張ってしまっていたのでした。

今の状態は、一応頑張りすぎたのを教訓として、
なるべく頑張らないように心がけています。

気分は、とてもローです。

そんな状態で、診察へ行ってきました。

今回は、はじめて上司同伴の診察です。


診察の流れ まずは、カウンセリングが50分。

診察室にわたしだけが入り、15分ほど。


「調子はどうですか?」
「上記のことをもう少し詳しく説明」

「仕事のことを考えると憂鬱ですか」

「むしろ働きたいというモチベーションはあります!
ですが、職場関係の人とバッタリ会って、号泣してしまって、自分の身体は拒否反応を起こしていると思ってます。」

「うん、まだムリだね。焦らずだね。」

診察室から私は一旦出て、上司だけが入る。

診察室に呼ばれ、私と上司と先生と3人になる。


まだ無理だったということ 医者に「憂鬱ですか」と聞かれて、首を横にふれませんでした。

頭ではできても、分かっても、身体は震えたり、汗をかいたり、涙を流したり、と勝手に反応を起こす自分が情けない。

とてもとても悔しい。

でも、上司にそう話すと、

上司には、「これが病気ですよ。」と言われました。

悔しかった。すごく悔しかったけど、認めるしかないって思いました。

そんなにも自分に向き合ってくれる上司が与えられていることが
何よりも感謝なことなんだって思いました。




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プロジェクトから外してもらった。

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昨日はじめて気づいたことがある。 真っ暗闇の11月、12月を過ごしてきて、
昨日はじめて気づいたことがある。

今年の夏に開催がきまった「全国規模のプロジェクト」の企画運営メンバーだったわたし。

チームメンバーは、関東と関西あわせて17名。

最高に楽しみだったし、毎日そのことを考えた。

チームで何かを作り上げていくことはとても好きなことだった。

そうだったけれど・・・

ミーティングを何度か終えた11月にまさかのうつ病発症。

昨日までプロジェトメンバーから「外してもらう」ということを考えなかった。

多分、そんなこと考える余裕がなかったんだと思う。

でも、今日、そのチームに在籍してることに、ものすごい負い目を感じた。


なんで気づいたかって・・・

今日いつもの場所で、ミーティングが繰り広げられている。
とSNSで知ったからだ。

今日もいつもの場所でみんなが話し合っている。
そう思うと、
うらやましい思いと、
情けない思いと、
申し訳ない思いが混ざりあって、気持ち悪くなる。

今日、思い立って、リーダーに、メールした。これから、◯◯◯のミーティングですが、私は参加できません。
この調子だと私は何の役にも立てそうにありません。
ですから、チームから外していただきたいと思っています。
無責任で申し訳ありません。


これを打っている時、涙が止まらなかった。

喉の方が痛くなるほど、泣いた。


あぁ、わたし、くやしいんだ。


あぁ、わたし、かなしいんだ。


なんで、なりたくもないうつ病になって
呑気に過ごさなきゃいけないんだよ。


本当は、バリバリ働きたいのに、
どうして、わたしは人に会うと震えて泣き出してしまうんだろう。


もう、二度と職場には戻れないんだ・・・、そう思った。


今日は、もう、頭も痛いし、寝よう。




そんな一日もきっとあっていい。






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過剰適応がわたしをうつ病にした。〜3回目のカウンセリング〜

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1、心療内科の中 2週間ごとに行くことになった金曜日16時からの心療内科。
家からは車で10分もかからないところで、ビルの3階にある。
ドアを開くと、病院らしくないソファと椅子がいろんな場所にあって、上手く本棚や壁が目隠しとなって、どこに座っても人の目が気にならないように配慮されている。
私は3回ともいろんな椅子に座ってみたりしている。

2、3回目のカウンセリング カウンセリングをしている人は少ないのか、
5分前に到着すると、すぐにカウンセリングルームに入れてもらえる。

「こんにちは」

先週は先生が風邪をこじらせて喉を痛めていたことを、この2週間の間、なぜか三四回思い出していた。
そして、その瞬間も思い出したので「声よくなりましたね。」と声をかけた。

そう声をかけている自分を見ても、他人に気を遣えるようになってきたと実感するし、
この2週間のことを振り返っても、私は明らかによくなっていると思って、

「最近どうですか」と聞かれて、
すぐに「最近調子よいと思うんです」と答えた。

前回のカウンセリングは、沈黙が多く、自分のうつの状態も悪かったのか、先生に対して不信感を抱いてしまった。
URL * 2013-11-29 医者も臨床心理士も利用したれ。〜2回目のカウンセリング〜

でも、この2週間考えまくって、結局「行こう」って決めた。
なるべく前向きな気持ちで。


3、ちょっと積極的になってみた 

今回は「この先生のタイプからすると、自分からいろいろ話した方がいいかもしれない!」と思って、いろいろ話したり、質問も積極的にしてみた。 前は“完全受け身”でいってみたから、不完全燃焼になっちゃったんだと思う。
だから、新しいやり方でやってみたわけだ。

これが、案外良かった。

カウンセラーにもたれかかりすぎず、自分をちゃんと持ってやってみよう。


4、カウンセリングで気付かされたこと 先生に話を聞いてもらっているうちに、
なぜ自分がうつ病になってしまったのか?という話をすることになった。

うつ病っていうのは、大きな喪失を経験した時になることが多いと色んな本に書かれている。
でも、私の場合、そういうことが思い当たらない。
所謂うつ病になりそうな家庭で育っていないし、そういう喪失もしていない。

じゃぁ、なんでうつ病になってしまったのか…???
先生と話をしていく内に分かったことがある。
それは、“過…

心療内科に行くと苦しいけれど、前に進める。

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心療内科でのわたし 明日は2週間ぶりの心療内科だ。

先週は終わった後、とても心がざわついた。

医師と臨床心理士の言葉や態度に、
いちいち傷ついたり、励まされたりしたからである。

やっぱり、心の奥底の部分を掘り出して話す分、受けるダメージは大きいと思う。

それでも、明日病院に出向くのは、
先生たちの一言でわたしの人生は少しずつ進んでいるという確信があるからだ。

「頑張ってみてもいいんじゃない。」
「ちょっと焦りすぎだねぇ。」
「まだ、まだ、ゆっくりしてなさい。」

そんな小さな一言だけれど、不思議とするりと心に入り、わたしのその後の歩みに染みわたっている。

それはきっと、
心に積もった不安をそのままそっくり話すことができて、
それを先生たちはどしんと構えて受け止めてくれたからだと思う。

心療内科に行って気付いたけれど、私には「自分の心に積もった不安をそのままそっくり話す人」がいない。
信頼している家族も親友も友だちも上司もいるけれど、私はその人たちに1番悲しいことを話すことができない。

多くの人がそうだろうか。

「こんなにもストレートに言ってしまったら、重すぎるんじゃないか…」
「これ以上いったら泣けてきてしまう…」
「これ以上言うことは正しくないこと…」

我慢して気を遣って人に話してきたと思う。
そんなふうだから、意見されると「何も分かってないくせに」と心のどこかで思ってしまってどっと疲れる。そりゃ悪循環だ。

そういう私にとって、心療内科とは不安をそっくりそのままぶつけて良い場所
カウンセリングルームで毎回泣いてしまっているのが、その証拠だと思う。


明日はどんな話を先生に話すんだろう。その場にいって、先生に素直に話していく内に、いつの間にか口走っていることがある。

それが、自分でも自覚してなかった一番悲しいことだったりする。



前回のカウンセリングでは、
「家庭でも仕事場でも友人の間でも良い人でなければならないと思った」と口走ったとき、号泣していた。

その前は木の絵を書いて、「あなたが木だったらどんな気持ち?」と聞かれた時、「木だったらいいな」って言ったとき、喉の奥が熱くなって涙が止まらなくなった。

私は木のようにブレない人間でありたいと思っていて、私は良い人であることに疲れていたと初めて知った。自分のことを知る機会になった。

人と関わるから、もちろん苦しくなったり、悲しく…

うつ病というレッテルは多分なくならない。〜うつの時のオススメの本〜

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うつ病がオープンになって

長い間かなり信頼していた人たちがいた。
病気になる前は、よく連絡をしあったし、いろんな話もした。
だけど、うつ病になってパタリと連絡がなくなった。

とても、かなしい。

もっと熾烈な偏見にあっている人は、もっと悲しいのかなと思う。

「うつ病」というたった一枚の皮を被ってしまっただけで、自分の人生はこんなにも変わってしまうものなのだろうか。

わたしも距離をとった側の人間だった

大学生の時、リストカットをしている人を見てどん引きしてしまったことがある。
この人はどうしてそこまでして自分を傷つけ、自虐的になっているんだろう。
やさしくして依存されたら対応できないし、傷つけないように自分は身を引いておこう。
そんなふうに思ったと思って、距離をとったことを思い出した。

その人がどんな人で、どんな生き方をしてきて、どんな考え方をしているのか・・・
あの時のわたしは何も見なくて、
ただ、その傷だけを見て「関わるのをやめよう」と思った。
きっと、わたしから身を引いた人たちは、そんなふうに恐れてしまったのかもしれない。

わたしという人間、人格を知っている人であっても、
何度も「あいしている」と言ってくれた人であっても・・。


シンプルに生きるを読んで

いま読んでいる柳田邦男先生と香山リカ先生の本。
シンプルに生きる』という本がとても良い。

前半にこんな言葉がでてきて、妙に納得させられた。

私たち西洋医学の医療従事者は、とかく人を見ないで病気だけを見たり、症状だけにスポットを当てがちなんですが、彼女は全然見方が違う。
患者さんを全人的に見るとでも言うのでしょうか。
背景も含めてその人全体の一部に症状があるというとらえ方なんです。
p76

まさに、「患者」ではなく、「病」をみる。
そうでなければ、ただしく治療ができない面もあるのかもしれませんが、精神医学のなかでは、このように関われてしまっては患者はさらに追い詰められてしまうように思う。

あまり目立っていないように思う本なのですが、
読んでみると自分自身を客観的に見れるような気がした。

医者や看護師、介護士という「人を診るプロ」であっても、人を人として見れない。
まして、一般の人がはできないか・・・・。
と思うと、なんだかフッと諦めがついた。

おわりに

うつ病になってわたしの人生は変わったと思う。
でも、思ったより変わってはいないと思う。

「こころが晴れるノート」をやってみました。

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やすんでいても、やすまらない。やすまってくれない。

何もしないで過ごしていることに、強烈な罪悪感を感じてしまう。
何かをしたい。
うつがよくなるように何かしたい。

Amazonの「ストレス・心の病気」カテゴリのNo.1にランクインしている人気書籍。
こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳

そんな気持ちにかられて、中古で500円以下で購入。



帯にも書かれているけれど、
この本は「うつと不安の認知療法自習帳」というもの。

こういうこと、「勝手にはじめてはいけないのかな?」と不安に思ってしまい、まずは担当のカウンセラーに相談しました。

カウンセラーは、「頭では分かるけど、実際に行動したらできない。っていうことがあると思うから、私からはすすめない。でも、やりたいならやっても良いと思う。」と伝えられました。

よく聞くような言葉だと思うけれど、
 やってみても変わらないかもしれない。

でも、やらないきゃ変わらないまま。

たくさんの人に読まれている本だし、やってみよう。

ということで、少しずつやっています。

”わかりやすい”印象があります。
うつ病になると、まず本を読むことが苦しくなる。
気分が悪くなったりしませんか。
わたしもたまになりますし、ずっと読み続けると疲れてきます。

ですが、この本、難しい言葉も使われていないし、
絵や図で分かりやすく説明しているので、頭で整理しやすいです。



どこに連れて行かれるのか分からないと不安ですが、
こういうふうに色んな所で「みちすじ」を見せてくれるので安心です。



今日はここやりましたよ!



何より良かったのが、「うつ病の説明」でした。

色々な本やネット、医者や周りの人も色んな説明をするけれど、
この説明が一番”よりそってくれている”と感じた文章でした。


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何もできない時もある。

それが、ほんとうにつらい。

何かできた時、
あぁ、何かがあるってこんなにもありがたいことなのだと知った。



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頭の中がうるさい。

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今日は久しぶりに9時の目覚ましに気付いて起きた。

昨日は、張り切って10時に布団に入ったからね。

寝れたのは12時。上等だ。


寝るまでの2時間も、起きてからの1時間も、

あぁ、頭の中がうるさくてたまらない。


昨日の臨床心理士の先生のこと。

家族のこと。

友だちのこと。

将来のこと。

仕事のこと。

考えれば考えるほど、
悪い方に考えるのこと頭をなんとかしてくれ。


この前も書いた。

前向きに生きたい。のに、死にたい。

前向きに考えたい。のに、そう考えられない。

私の頭の中はいったいどうなっているんだろう。


うるさい!うるさい!うるさい!


そう思うと、今日は土曜日で、父親が仕事が休みで、

兄弟の布団を干してくれたりしているんだけど、

その音すらも、騒音に聞こえてしまって、イライラする。


母親の旅行に行く話も、

本当はニコニコ聞きたいのに、不機嫌になってしまう。


どうして、わたしは、こんな風になっているんだろう。


あぁ、うるさくて、たまらない。

静かなのに、うるさいんだ。






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医者も臨床心理士も利用したれ。〜2回目のカウンセリング〜

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ただいま2回目の心療内科から帰ってまりました。

あぁ、もう、なんか空気が抜けた感じです・・・。

1時間の臨床心理士によるカウンセリングからの
15分ぐらいの院長と診察という1時間15分プログラム。


カウンセリングではショックを受けてしまいました。
「この先生、ほんとうに私のこと治したいって思ってるの!」と感じたのです。

全然、質問してくれないし、適当に受け答えしてるように感じてしまったのです。

多分、一回目が良かったからか、期待しすぎたんだと思います。

その分、前回印象が悪かった先生(院長)との診察は良かったです。

人間って不思議ですね。


さて、今日、知ったこと、思ったこと4つあります。

1、申し訳ないって思っている



この2週間思うのは、
1ヶ月も休ませてもらったのに、全然よくならない…。
こんなに家族がサポートしてくれてるのに、死にたいって思ってしまう…。

あぁ、本当に、ごめんなさい…。

「この二週間どうだった?」と聞かれて、話し出すと涙が止まらなくなった。
優しすぎる家族の前でなるべく泣かないようにしていて、これ以上、悲しませたくないし、気を遣わせたくない、だからなるべく平気なふりをする。
だから、赤の他人である臨床心理士の前ではたくさん泣いてしまった。


医師によると私はメランコリー型。らしい。
人に優しくして、喜ばれて、元気をもらう。
そうやって“人を介して満たされるタイプ”みたいです。
いわゆる、めんどくせータイプです。医師には「その性格は悪い性格じゃないよ」と言われましたが・・・。

それが、今はうつ病だから、“人を介して傷ついてしまう”ようになっているそう。

だから、どんな些細なことにたいしても傷つき、申し訳ないと感じてしまう・・・。

先生には「よくなってきたら変わってくるから。」って言われたけど・・・。



2、焦りすぎちゃってる

申し訳ないー…って思うから、早くよくならなきゃって思う。

正直、身体的の症状はよくなってきました。
でも、こころが全然追いつかないって感じなのです。

身体が元気になってきただけに、
ただ休んでいると「うぅ、休んでてごめんなさい」と思うわけで、
何かしなくては!!!って思うのです。カウンセラーには、「焦ってるねぇ〜。」って言われました。

自分では「あせらないでいいよ。気楽に、気長に。」とくどいくらい言い聞かせてるんだけどね〜、深層心理では「焦っ…

人生時計。いま8時。まだ8時か。

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彼女の存在

こう少しでも前向きに生きられるのは、
めげずに、恐れずに、愛を伝えてくれる人がいるからだと思う。

大学時代の親友には、仕事に行けなくなってすぐに打ち明けることができた。
この人なら、弱さを分かってくれると期待したから。

彼女は、期待以上の愛のある言葉と行動を示しつづけてくれている。

クリスチャンといえども、
誰かのために毎日祈るというのはむずかしいことです。
家族でもなければ、余命先刻されている病気でなければ尚更のこと。

それなのに、彼女は毎日祈ってくれている。

自分の家族や地元の仲間とのかかわりで、
この数週間でおもしろいほど傷つくわたしがここにいる。

「え、こんなことにも私傷ついてるの?」
と、おどろきの連続です。自分じゃないみたいなのです。

そんななか、彼女は「痛みや弱さ」をよく知っている人で
うつ病になって休職している私のことを「ダメ」と評価せず、切り捨てることはありません。

彼女は、あえて負担になるだろうLINEはそこそこにして、
ゆとりを持って読める手紙と本を送ってくれました。


人生時計のはなし




その本の中に「人生時計」の話があった。

ある人が、自分の年齢を三で割ることを勧めている。
その答えが、その人の人生時計なのだというのである。

つまり、一日二十四時間を一人の人生に例えるのである。

与えられた人生(二十四時間)のうち、今はどのくらいの場所(何時)にいるのかを考えてみるのである。

引用:藤掛明著『ありのままの自分を生きる』一麦出版社p66
私のばあい、25歳なので、3で割ると、8.3333。
おどろいた。

これに、とてもおどろいてしまったのだ。

私の人生時計は、午前8時。

まだ、”朝” だったのだ。
青春時代を終えて、
人生でもっとも大切だと言われる時期を超えて、
今年、社会についに出たんだ、と思っていた。

しかも、この計算式、72歳までの計算。
もっと生きる、96歳まで生きるとしたら、まだ朝6時。

夜明け前の静かな時間だ。

何度も言ってしまうけれど、とても驚いた。
そして、同時に、ホッとした。

まだ、折り返し地点にもいってなかったのでした。


質的転換とは

よく人生の先輩方から、
「あなたこの年でそんなこと考えられるなんて早いわよ。」
「良かったね、今のうちに、うつを経験できて。」
「あなたの年に、そんなこと考えなかったよ。」

こう言われても正直、ピ…

<お金のこと>心療内科受診。自立支援医療制度。3割が1割に。

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25歳独身。
実家暮らしと言えども、
医療費は自分で払っているので「お金のこと」が心配です。

温かい布団で寝て、着れる服があって、
ご飯もおいしくて、それだけでも感謝なのですが、

父親が自立支援医療制度について教えてくれました。



病院には、掲示板に大きなポスターが貼ってありました。
ですが、フラフラの状態で病院に行っても読めませんよね。

わたしは、両親に助けてもらいながら、手続きをしました。

自立支援医療制度は、
精神的な病気の方の医療費を3割負担から1割負担にしてくれる制度です。

医者からは教えてくれませんが、
自分から聞くと親切に手続きをしてくれました。

上のパンフレットと、診断書と申請書を下さいました。
わたしの病院は診断書が無料でした。ありがたいですね。

それに必要事項を書き込んで、下の持ち物を持って、申請に。



申請の方法は各市町村で違うので、チェックしてくださいね。


状態が良くない時に申請に行きましたが、
とても親切な方が対応してくださり、よかったです。

分からないことは、優しい人に聞く。

分からないことも分かって、心もあったまって、一石二鳥でした。


普段ならひとりでできることが、今はひとりでできません。

不思議です。この病気になって、不思議なことばかりです。

だから、落ち込むこともありますが、

だから、人の優しさをもっと感じられるようになった気がしています。


この制度も、本当に本当にありがたいことです。

今から7年半前にできた制度です。
今では「うつ病」なんてよく聞く病名になりました。
偏見もあるけれど、分かってくださる方がいて、助かっています。

本当に、ありがとうございます。


いつか、私もよくなって、働けるようになりたいです。





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抗うつ薬サインバルタの悲劇。

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休職をしはじめて2週間後。
はじめて、心療内科の門をくぐりました。
収穫は「よくばらないで生きていくこと」でした。 

この日から薬物療法をはじめました。


”サインバルタ”というお薬だそうです。
処方は、1日1回 夕食後10mgでした。
これと一緒に胃腸薬もわたされました。

まず、「薬を飲む」ということに抵抗がありました。
ですが、上司からは「薬を飲むことには抵抗はある。でも、医者を信じて飲むことが大事。」と言われていたので、抗うつ薬は効きはじめるのに数週間ぐらいかかるらしいので、最初はよく分からなくても飲みつづけようと思って飲みました。

1日目、2日目と、副作用なのか、胸に圧迫感がありました。
でも、まぁがまんできる程度なので「いつか、必ずよくなる」と信じていました。

副作用が激しくでたのは、3日目の夜飲んで起きた次の日の朝です。
つまり、4日目の早朝。
目が覚めると、激しいめまいにおそわれました。
はじめての「めまい」体験。

あまりにも気持ち悪いので、もう一度眠りにつこうと寝返りをうつと、また目がまわる。シャーーって視界がまわるから、目をつぶると、今度は頭がぐわんぐわんと揺れている感じがする。
そんなことを繰り返していると、気持ち悪くなって、ヒドいえずくような吐き気。

これは、とてもじゃないけど、寝ていられない…。

びっくりしているので、動悸もとまらない。頭も

フワフワする。

「こわい!」って思ったし、「なんなのこれ!」という怒りもありました。


両親が気づいて心配してくれた。
再び、落ち着こうと横になると、また、めまいが始まって、また吐き気。

つらそうなわたしを見て、母が肩をポンポンとたたいてくれた。
そのとき、うわっと涙が出て、声を出して泣いた。

声を出して母の 前で泣いたのはもう10年以上ぶりになると思う。



うわっと泣けたことはすごく良かったと思う。

両親に頼ることができたことも良かったと思う。
プライドが自分を苦しくさせている一つの原因だと思ったから。


そんなことで、すぐに医師に連絡すると、その日の内に診察してもらえることに。

相談した結果、3日間飲んだ薬物療法はやめになった。

あんなに頑張ったけれど、やめになったのだ。

正直言って、うつの症状よりも副作用の方が苦しかった。


おわりに

その2日後の夜には、副作用もなくなりました。
こんなにも副作用って抜けないのね。


眠れることや、食事できること、家族に頼れることが、

はじめての心療内科。

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まず、ともかく休んだ。

11月8日 金曜日
 上司の計らいで休職をし始めて2週間後。
はじめて、心療内科の門をくぐりました。

「あんな所、行きたくない」という思いと、
「早く正しく診断してほしい」という思いが入りまじって、不思議な感覚でした。

実は、休職させていただいたおかげで、身体的な状態は良くなっていました。
やっぱり、思い切って休むって大事なことだと身をもって知りました。

反面、精神的には「こんなに休んでいいんだろうか」と不安で不安て仕方がありませんでした。

実家暮らしなので、本当に「ただ休める」ってことは本当に感謝なのですが。

人と会うことへの恐怖心が大きく、どちらかというと人の輪の中にいる方が好きなタイプだったので、この状態が不思議でたまらないです。

人と会うと、信頼している人であっても動悸や冷や汗、頭痛、肩こりなどが起こって、1時間も話した後は、ぱたりと眠ってしまうほど疲れてしまうのです。

自分じゃないみたいで恐ろしいです。


心療内科へは、母が一緒に行ってくれました。

運転はできなかったので、母にしてもらいました。

気を遣って、いろいろな話をしてくれるのが、
申し訳ないですが「うるさく」感じてしまいました。

ともかく「静かなこと」が結構良かったりします。

途中で八百屋によって、みかんを買ったりして、
そこのおばちゃんは絶対、買った後、2つか3つみかんをおまけしてくれる。
そんな田舎ならではの優しさが心を和ませてくれたりしました。



心療内科に入った時、受付の方が優しい感じで良かった。

自動ドアが開くと、中には2〜3人の方がいて、すごく辛そうな方もいれば、慣れてる〜って人もいました。

私はちょっと早く来すぎたみたいで、40分ほど待ちました。
その間に、問診票を書きました。

わたしは、この場でドギマギしたくなかったので、
先に自分の状態を携帯のメモに入れておき、それをうつしました。

先生が、待合室まで来て「◯◯さん」と呼んでくださったことは好印象でした。
とても柔らかい感じの先生で、こちらの状態を親身に聞いてくれて、
言葉にできないことを上手く聞き出して言語化してくれる先生でした。

そして、診断テストみたいなのをうけました。
それも「答えられるところだけで良いですよ。無理しないでくださいね。」といってくださり、案の定、途中でよく分からない質問も出てきて、そういう時に…

25さい。うつ病初心者です。

みなさま、はじめまして。

1988年生まれ。25さい。

2013年11月、うつ病と診断されました。
うつ病初心者です。

仕事は、現在、休職しています。

仕事は4月からやってました。たった半年で…。
基本的には教育系の仕事をしていました。
就業時間なんてあってないようなものでした。(自分がそう考えていましたからなおさら)

ある意味終わりのない仕事ですから、周りのやり手スタッフと比べて「自分はもっと頑張らなくてはならない。」と常日頃思っていました。

この秋、だんだんと仕事にも慣れてきた頃、責任ある働きも任せてもらえるようになりました。
ですが、任されたことが身の丈にあっていないように感じ、
何をやっても満足感が得られずむしろ自責感が残る日々でした。

時間的な忙しさだけでなく、精神面でも追い込まれてしまい、
やりがいを感じていた仕事に対して「やめたい」とか「早くこの場からいなくなりたい」と思うようになりました。
1日何度も「死にたい」というか、与えられた命ですから命をたちたいというよりは「消えてしまいたい」と思うようになりました。こんなこと思う自分に正直どん引きしてましたね。

上司に相談すると「それはうつ病だと思いますよ。ともかく心療内科でみてもらって今日から休みなさい。」と言われました。

そして、いま、病院に通いつつ、自宅療養中。
参考URL*はじめての心療内科。
うつを「治す」のではなく、
うつと「つきあう」ことを目標に今を生きています。

クリスチャンです。

この与えられた休息に感謝して、
元々好きなことをして、
新たに好きなことも見つけたりして、
自分をもう少し”大切”にできたらと思っています。

ここまで書いてみて、
今日はすっごい前向きだ。 って感じます。

でも、オフラインの日記はすーーーーっごいうつうつしてます。

なるべく前向きになれるキッカケを作りたくて、
こうしてブログをはじめたのかもしれません。

よろしくお願いします。


もし、私を知っている人が読んだら、
できれば、「そっと」しておいてください。


つづき
→参考URL*はじめての心療内科。

はじめに

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はじめまして。ご訪問ありがとうございます。

このブログにお越しいただいたということは、
「うつ病」と少なからず関わりがあるからだと思います。

・ご自身が「うつ病」を患っておられる
・ご家族や大切なかたが「うつ病」を患っておられる
・もしかすると「うつ病」かもしくは精神疾患かもしれない
・「うつ病」について知りたい、調べたい、考えたい

どのような方でいらしても、まず、ご訪問くださり、本当に感謝いたします。


わたしについて

私は、2013年11月に「抑うつ病」と診断を受けました。
現在は、医師、臨床心理士、周りのサポートにより、回復期に入り、アルバイトではございますが社会復帰をし、比較的安定した生活を送っております。

ブログには、急性期まっただ中の頃のキロクもございます。
(現在、以前のブログから記事を移行している時期で、気になる方は、以前のブログをごらんください。)URL:以前のブログ


参考URL*こころの健康情報局 すまいるナビゲーター


このブログがしていること

このブログは、うつ病を発症した急性期から、アップダウンが激しい回復期、週1日からの社会復帰をしていく日々のことをキロクしています。
25さいのわたしのイマからはじまり、26さい、27さいと続いています。

現在(2015/4)のわたしは、回復期から再発移行期に変化している時期だととらえています(自分でですが)。

この時期を生きるわたしがどのように感じ、考えながら生きているのか、なるべく正直につづっていくつもりでございます。

このブログの記事は、「いちうつ病患者の心の声」にすぎません。
ですから、誰かの支えになりたいとか、役に立ちたいとはおこがましくも思えません。


このブログの目的は、うつ病を治すことではありません。

わたし自身が「わたしらしく」あれることが目的です。

「うつ病」となるべく上手く付き合っていくこと。

すこしずつ自分の性格や人格、生きてきた背景を見つめ、向き合い、いのちが与えられているかぎり生きること。


以上が、書きつづけている目的です。

ですから、病院や仕事でのことはもちろんのこと、生活リズムを整えることや、写真や本や映画のことなど日々気になっていることも同時につづっています。


おわりに

最近「ありがとうございます」と声をかけていただくことがありまして、大変恐縮しております。
反面、正直、とてもとても励まされ、こころが…