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うつ病の暮らし ー色のない世界ー

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今年はどんなことがありましたか?

今年はどんな気持ちになることが多かったでしょうか?

生きていくのが辛くなることがありましたか?



何をするにも やる気がでなくなって

何を見ても 心が元気になることはなくって

だから 何もしたくなくなって 何も見たくなくなって

「ただ ここにいること」

たったそれだけなのに それがとても難しかった


まわりを見渡せば みんな前を向いて急ぎ足で歩いているから

下を向いて立ち止まってしまっている自分からは

到底 手を差し伸べることなんてできなくて

もちろん 声をかける勇気なんて出るはずもなくて

本当は頑張りたかったし 本当はみんなと足並みをそろえたかった

本当は元気になりたかったし 本当は誰かのために生きたかった


自分自身に心を向けたならば 自分の現実に絶望して

大切な誰かに心を向けたならば 何もできない自分に憎しみが湧いた





そんな時もあるのだ




一生懸命生きていたら そういう時がやってくる



頑張っても頑張っても どうにもならない現実がここにあって

あの手この手を使っても 何の変化も起こらないどころか

いまよりもずっと悪くなってしまう時がある



真っ暗とかじゃなくて 真っ白とかでもなくて

ここは たぶん 色がないんだと思う

色のない世界に来てしまって 

もうここから抜け出せないかのように思えるんだ


はじめてたどり着いてしまった世界だから

やっぱりびっくりしてしまって 最初は立ち尽くしてしまうのだけれど

「こういう世界もあるのだ」と思ってしまえたら少し楽になったりする


色のない世界も 生きていたら たどり着くこともあって

色のない世界だからこそ 知ってしまった感覚があって

そう ここに来てはじめて出会ったものがたくさんあるんだ


色があることが普通で 色がないことは普通ではないかもしれないけれど

普通がいちばん 素晴らしいってわけじゃなくて

普通じゃない世界は 普通よりもずっと広くて深くてやさしかった

涙が出るほど つめたくて あたたかかった


すこしずつ すこしずつ

その冷たさとか暖かさをを感じて 知って 味わって

そのたびに 上がったり下がったりしながら

その世界には 本当は色がついていたんだ ってことに気づいたり

自分の心の温度だとか角度によって 色合いが変わることを知ったりするんだ


いつの間にか 色が見えなくなってしまうことがある

2年と1ヶ月の通院生活が終わりました(その2)ー26、27回目の心療内科ー

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はじめに みなさま、こんにちは。
ご無沙汰しておりました。
今日は「くぎり」となるご報告ができそうです。

こちらは その2 の投稿となります。
2年と1ヶ月の通院生活が終わりました(その1)ー26、27回目の心療内科ー

その1をまだご覧になっていない方は、ぜひこちらから。

心療内科コンプレックスがなくなってから 最初に言っておきますが「かんぺき」はこの世にありません。
このコンプレックスもゼロではなく、ゼロに近く薄くなってきたという感じです。

さて、心療内科へ行っていることやカウンセリングを受けていることを”恥ずかしいもの”とあまり思わなくなってから、

「こんな日がやってくるだなんて思ってもみなかった・・・。」

 から

「いつか心療内科へ通わなくていい日がやってくるだろう・・・。」

 と思うように変わりました。

これは決して焦っているわけではなく、
別に心療内科に通っていることは嫌でもなんでもなく、
なんでしょう・・・、
インフルエンザで休んでいて毎日苦しいけれど、薬を飲んでたくさん寝ていたのを、すこしずつよくなっていく中で「あ、そろそろ薬飲まなくていいかな」って思うような感覚でしょうか。
「あ、明日は学校行けそうだな」みたいな、身体の変化をごく普通に感じているような。

快気祝い!おめでとう!とかそういうことじゃなくて、
 日が落ちて夜がきて、日が昇って朝がくる
そういった自然な感じでそれはやってきたんです。


27回目の心療内科 (12月) 「あ、今日、病院だ。」

こう思うことも、「あ、今日、ヨガだ。」と思うのと似た雰囲気で思うようになってきました。(もちろん、そう思えない時があって良いと思います。わたしも長らくそうでした。)

今日の診察は、先生がおそらく最初から「終わりにしよう」と思われていたのではないかと思う内容でした。

今年の7月、カウンセリングが終わり、8月、9月、10月、11月と医師による診察のみが続いていましたが、だいたい10分〜15分程でした。

今回は30分程度という長丁場。

(1)まず、指摘されたのが「前職場」のことでした。

 治療をはじめて3ヶ月がたった頃
「前職場のことは考えないようにしなさい」と言ったのは先生でした。

 それは私のうつ病がひどくなる原因がほぼ前職場の影響だったからでした。

” 問題からはまず離れること ”

それでだいぶと身体も…

2年と1ヶ月の通院生活が終わりました(その1)ー26、27回目の心療内科ー

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はじめに  こんな日がやってくるだなんて思ってもみなかった・・・。

入社1年目、ともかく一生懸命働いていたら
身体も心も思うように動かなくなってしまって
なんだかいつもイライラしていて、不満があって
ある日、突然、会社にいくことができなくなって
促されて病院に行ったら、わけの分からない病気と診断された。

「 どうして わたしが・・・ 」
 そう思いつつも、根が真面目なようで言われたことに必死に取り組んだし、取り組まなくていいと言われていることにも手を出して調子を悪くしたこともありました。

そんな波乱万丈(言い過ぎかもしれないけれど)だった" 2年と1ヶ月" の心療内科への通院が今回終わりを迎えました。

回数で言うとおそらく27回。
電話での診察や、前の病院の回数を加えると30回程度でしょうか。

心療内科へ行くに至った経緯 「たぶん、うつ病だと思うよ。」
そう上司に言われたのは、会社に行くことができなくなって2週間が経った頃でした。

言葉通り大ショックを受けて「はい」とも「いいえ」とも言えないわたしが静かに泣く。

それを聞いているもう一人の上司は、精神科だとか心療内科だとかには全く縁がなさそうで、ひたすら無言を突き通していた。

どちらかというと、その無言だった上司がわたしの教育係だったので、わたしはこの人の目をともかく気にした。
だから「はい」だなんて言って自分を病気と認めたら、この人はわたしを「よく分からない人」と言って突き放すだろうと思うと怖くなった。

そんな張り詰めた緊張感の中、うつを指摘してきた上司の方が身動きが取れなくなったわたしを見て、「○○さん、これは上司命令です。とりあえず1度診察してみましょう。それまでは会社に来なくていいいです。ゆっくり休んでください。」そう優しく言われました。

うつを理解されているように見える上司
うつを理解するどころかともかく距離をとろうとする上司
相反する二人に囲まれた中、わたしは心療内科へ行くことが決まりました。

上司に言われた2つのこと 心療内科へ行く直前、
うながしてきた方の上司と今度は一対一での面談がありました。

そこで上司に言われた二つのこと。

1、医者に言われた通りに服薬すること(回数、量、途中でやめない)

2、医者に終了を告げられるまで通院すること

心療内科・精神科を通うことの ” …

どうしてもこの部分だけが前に進まない

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みなさま、大変ご無沙汰しております。

こんなにも更新できなかったのは、
ブログを書き出して以来、はじめてだと思います。

ここ最近、いろいろありました。

ブログを読んでくださったいる皆様には、ぜひ、ご報告させてください。

わたしにとって一番の難題は、前の職場でした。 前の職場関係の方々とは、どの人間関係よりも親しかったため、切りたくても切れない関係でした。それを切ってしまったら、わたしはわたしでなくなるような、そんな人間関係。

その場所は、多くの人たちが集まる場所で、
病気になってからはそこに行くと病気の症状がひどく出てしまう。
だから、自然とそこでの人間関係も希薄なり、病気もひどい状況が続きました。

医師からのアドバイスで、一旦、前の職場から離れ、別の環境で人間関係を育んだり、ひとりで過ごしたりする中で、すこしずつ元気になりました。

新しい職場も与えられ、良い意味で距離感ができた頃、
もう一度、その前職場の人間関係を再構築していくことにチャレンジしました。

何度も何度も失敗を重ねながら、
ここ最近、やっと、この部分が前に進んでいる感覚があります。

この部分だけが前に進まない みなさんはいかがでしょうか?
うつ病になって、どうしても「この部分」だけ前に進まない・・・。

治療に励んでいるのに、
どうしてもこの人だけはダメだ。
どうしてもこの場所はダメだ。
どうしてもこの分野はダメだ。

人それぞれ、きっと回復が順調に進む部分と、そうでない部分があると思います。

わたしの場合、「食」なんかはスルっと回復しました。
味がしなかったご飯が美味しく感じられるようになる。

すこしずつ、すこしずつです

太陽の光も怖かった。
家族の声も聞こえるのが辛かった。
部屋のドアをあけて、外に出ること、誰かの視線を浴びること、人と会うのがともかく難しかった。
いつまでたっても生きることに積極的になれなくて、そんな自分が情けなかった。
活動量もすくないから、うまく睡眠が取れなかった。

そんな状態から、治療と休息に専念することで、すこしずつ前に進んだ。

太陽の光が気持ちよく感じられる日が増えた。
家族となら、テレビを見て笑って話せるようになった。
知っている人には会えなかったけど、自分のことを誰も知らない場所には出て行くことができるようになった。
明日もきっと空が青いなら、明日だけでも生きてみよう…

4回目の心療内科〜その後の落ち込み〜 <過去記事更新>

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こんにちは。

いつもお読みくださりありがとうございます。

過去の記事を更新いたしました。

今回は2つ記事を更新しました。

後日日記として振り返りの日記を書きますので、
もしよければ、先に過去の記事に目を通していただいてから、今回の記事を読んでいただきたいです。

↓ ↓ ↓  ひとつ目 ↓ ↓ ↓

2013-12-28 上司も同伴で「まだ無理なんだ」に気づく〜4回目の心療内科〜 こちらは病院を変えて、4度目のカウンセリング。

なんと「上司同伴」の診察でした。

この診察で、またも自分の弱さにぶつかるのです。

この時の「悔しさ」はイマでも忘れることができません。

「仕事のことを考えると憂鬱ですか?」

この言葉に対して、嘘をつきたかった。
それぐらい早く仕事がしたかった。普通に働きたかった。

だけど、イマ振り返ると、

あの時、正直であれた自分を心からほめてあげたいなぁと思います。
よく嘘をつかずに、自分の弱さに目を背けなかったと。



↓ ↓ ↓  ふたつ目 ↓ ↓ ↓2013-12-31 生きることに積極的になれない 診察の後、復職の兆しが見えず、
生きる気力がさらになくなってしまう時期でした。

しかも、大晦日に、どん底気分です。

ここでは「神様」という存在がでてきます。

宗教の話はタブーとされている現代ですから、
気分を悪くされた方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありません。

ですが、わたしの人生にとって、聖書の神様の存在はなくてはならなかったので、自然とこの時、この言葉が綴られたのでしょう。

聖書の神様と聞いてみなさまはどんな印象を持たれるでしょうか。

わたしにとって、この存在なしでは、
「自分をたいせつにする」ということへ向くことはできませんでした。

うつ病がすこしずつ改善されていくプロセスの中でも、同様です。

もしも、ブログを読まれるみなさまが、少しでも知りたいと思われるのでしたら、すこしずつキリスト教(聖書の話)も記事にしていきたいと思います。



それでは!



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最もオススメするブロガーさんに引用していただきました

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うつ病ブロガーの中でも、
最も参考にさせていただいてきたブロガーさんがいます。



とても素晴らしいブログですので、ぜひ行ってみてください。
→ ナミうつブログ

いま、初めて気づいたのですが、
ナミうつ・・・ とは 波打つ とかけているのでしょうか。

違ったらすみませんが、とてもユニークですよね。

デザインも内容も素晴らしい 久しぶりに覗いてみると、
より秀逸なデザインになっていて「さすが」の一言です。

ナミさんも元々、いちうつ病患者で、その時のご経験を生かされて、かなりわかりやすく、丁寧に、綿密に、悩みに答えてくださっています。

デザインも秀逸ですが、内容も秀逸ですよ。

うわー、これ思ってた〜!悩んでた〜〜!!ってことをピックアップして下さっているし、その悩みに対する答えも、論理的で分かりやすいんです。

たとえば・・・
人生疲れた?つらい毎日から抜け出し、穏やかな明日を迎える方法
うつ病患者のための退職手続きガイド ~心の負担を軽くするために~
安心してうつ病治療に専念するための休職手続きガイド
うつ病からの復職準備ガイド~職場復帰の不安を乗り越えるために~
これだけでOK!うつ病でやる気が出ないときの対処法

などなど

かなり内容も豊富で幅が広いです。

その尊敬するナミさんに紹介していただきました ずいぶん前の話になりますが、↓こちらの記事です。
頑張ってるのに治らない?!つらく苦しいうつ病急性期を乗り切る秘訣

とても嬉しい文章だったのですが、
少しだけ自己紹介にもなると思うので引用させていただきたいと思います。

著者は、うつ病で休職中のImaIkuさん。うつ病を抱える者にとって共感できる言葉がたくさん詰まったブログです。
うつ病が治らない理由として・・・
仕事をしていない自分は無価値で、役に立たない人間だと思い込んだ。
だから、少しでも自分が価値ある人間になるために、うつ病ながらも無理に頑張った。
診察も「絶対に治るために何でもいいから小さなヒントを得るぞ」と意気込んだ。
症状をまとめ、質問も書き出し、医者にはなるべく整えて話した。

でも、そのように“頑張れば、頑張るほど”症状は悪くなっていった。URL:多分、前の性格を捨てた時に私は回復期に入った。〜5回目の心療内科〜

このわたしの言葉に対してナミさんの一言
うつ病を治すため、私に必要だったのは、「頑張らないこと」…

そろそろ自分で決めてもいいですよー25回目の心療内科ー

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みなさん、こんばんは。

今の職場に出会い、いよいよ1年が経ちました。

毎日が必死なので(笑)、この1年とても長かったです。
でも、とても濃かったし、なくてはならない1年だったなと感じています。

一応、この1年を簡単に振り返ると・・・ 14年 9月 仕事を紹介される (週に2〜4日 午後から2時間)
1ヶ月やってみて思うこと

14年 11月 新しい仕事が始まる(週4日 4時間スタート)

14年 12月 正式入社
1年前うつ病にかかったひどい時期を思い出しアップダウンの激しい1ヶ月

15年 1月 1時間増える(週4日 5時間スタート)
      プライベード関連でデザイン系の仕事も引き受ける

15年 5月 職場の方々とプライベードで関わるようになる
同時に同僚と比べて落ち込んだりする

15年 8月 1時間増える(週4日 6時間スタート)

そして今月に入ります。

毎日1時間ずつ仕事を増やしてみて あせらず、あせらずをキープしていて、
先月久しぶりに「1時間増やす」というチャレンジをしてみました。

イメージとしては、1ヶ月おきに1時間を増やしていく。

でしたが、
結論からいうと、今月も同じスタイルでいく予定です。

先月からの引き続き 「週4日 6時間」のスタイルです。


あえて「前に進まない」 を選択した理由は・・・

(1)疲れが出ている
正直1時間増やしてみて、疲れている自分がいました。
たった1時間でこうも疲れるんだ!とある意味驚いています。
ですが、医者も家族「そりゃ、影響は出るよね」とわたし以上に「疲れが出ていること」に肯定的です(笑)

やはり、小さな変化でも、影響は出るようですね。
そういう自分を責めない責めない。

(2)無理する理由はどこにもない
病気なりたての頃の目標は「ともかく仕事復帰すること」でした。

それが叶わず無職になった時は「ともかく正社員になること」が目標になりました。

それも難しいと分かり、今の職場でバイトを始めた時は「少しでも早く週5日8時間で働けるようになること」を目指しました。

でも、本当は、そんなに無理する必要なんてなかったのです。
それはただの自己満足で、自分で自分の首を絞めているだけでした。

「あせらず、いまのわたしの体や心と相談して、ベストな状態を。」

このように、冷静に自分の人生を見つめられるようになってきたイマ、
イマはこのスタイルに慣ら…

自立するためには、 ちょっとした喪失体験が必要なんだと思う。

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自立するためには、
ちょっとした喪失体験が必要なんだと思う。

何かを手に入れることが自立なのではなくて、

大切にしたいものを大切にするために、

握りしめているものたちを手放していくこと。

それはとても痛くて、悲しくて、悔しいこと。

そして、ちょっとだけあたたかななこと。




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明日から、仕事の時間が「1時間」増えます。

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みなさん、こんにちは。

今日は秋がもうすぐそこに来ているのではと思うような涼しい日でしたね。

さて!
明日から出勤時間が増えます 去年の9月からはじめたアルバイトも、もうすぐ1年となります。
早いといえば早い。長いといえば長い。
ただ、1日1日を精一杯生きてきたなという実感があります。

「週1日、1時間からでいいよ」だなんて夢のようなお声かけをいただいてスタートした仕事。

すこしずつ、すこしずつ慣れていき、失敗してもあまりへこたれなくなりました。

最近では、仕事の種類も増え、職場の方々と休みの日に出かけるほどまで。。。
こんなこと、本当、何度も言っちゃいますが、想像すらできませんでした。

できることが増えるというのは、素直に嬉しいことだなと感じます。

さて、週4日5時間(週20時間、月80時間)で長らく続けてきました。

目指すはフルタイム勤務。
(週40時間、月160時間 *職種にもよりますが)

医者や家族と相談しながら、決して「あせらず」にここまでやってきました。
これは懸命な判断だったなと振り返って思います。

そして、明日から「1時間」増やしていくことになりました。


すべてのGOサインが出るまで

1時間増やしてみることを決断した理由は3つあります。

① キャパの余裕を感じはじめた(体調も精神面も安定してきた)
② 仕事でやりがいを感じるようになってきた(もっと働いてみたいと素直に思える)
③ 家族や医者に相談しても「いいんじゃない?やってみたら?」と言われたこと

主観的な視点が上の二点。
決めては最後の「客観的な視点」でした。

うつ病にかかってしまった直後から、ずっと「仕事をしたい」「復帰したい」「フルタイムで働きたい」と思い続け、医者にも訴え続けていました。

ですが、当時、医者に言われたのは「ImaIkuさんが"いつ働いていいですか?"と聞かなくなったらいいかもしれませんね。」という衝撃的な一言でした。

"まずはあせらないこと。ゆっくりと休むこと。"
そう言われ続け、自分なりに精一杯それに取り組むうちに、心が「仕事をしなければ!」「フルタイムでなければダメだ!」という縛られた思いから解放されれていきました。
すると、変に力が入らなくなるので、体も心もすこしずつ回復していきました。

そんな過去があったものですから、わたしだけ…

上司の機嫌が悪いときの対処法〜自分をたいせつにする方法〜

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こんにちは。お久しぶりです。

先ほど毎週通っているヨガへ行ってきましたが、おっと・・・休みか!と驚き、そういえば世間はお盆だったのかと気付きました。笑

わたくしめは、2週前に長期休みいただきました。

去年の夏休み 去年の今頃を思い出すと、はるか昔のようにも感じられるけれど、昨日のことのように苦しみは思い出されます。

あの頃は、ようやく人と会えるようになって、人の集まりに参加できるようになったり、ウォーキングをはじめて見る見る内に体が健康になっていきました。

あの頃は、毎日がどんよりとした夏休み状態だったと思うと、本当にここまで元気になってこれたのは感謝でしかありません。

今年の夏休み

今年は、大学時代の友人たちに会ってきました。

中でも、出産を控える友人がいまして、出産したら今のようには会うことが難しいので、仲の良かったメンバーで一泊二日旅行もしてきました。

改めて、彼女たちと過ごすなかで、「リッラクスするというのは、こういうことか」と体感させてもらいました。

わたしは自分のストレスに気づくのが下手くそなタイプのようです。

「あぁ、今日も気を使ったな〜」とか思えないタイプ。
基本的に人に対して悪く思うことが苦手なので、ストレスを感じる状況の中でも、無意識にその人のことを好きになろうとか、ポジティブに思う心がけをしてしまっているようです。

ですが、早めの夏休み、彼女たちと心置きなくケラケラと笑って過ごしたとき、「あぁ、気を使わない関係ってこういうことか」と実感し、本当にリッラクスした素晴らしい時間を過ごせました。

帰ってきて初日の仕事 そんなリラックスした夏休みを終えて、職場に戻ると、上司の機嫌が圧倒的に悪い。笑

常にせかせかしてるし、目も合わせてくれないし、ピリピリしていて、失敗した部下を怒鳴り散らす・・・。

こういうことは、以前からも週1ぐらいであったのですが、休み明けだったのもあってダメージが大きかったです。(このダメージが大きかったと自覚することが鍵です)

怒った上司がいるときのわたしの頭の中
以前のわたしの性格ですと、このような状況のとき、こんなふうに考えます。
「わたしも上司の機嫌をそこねてしまうことをしてしまったのではないか?」
「怒られている人をフォローするにはどうしたら良いか?」
「上司のことを悪く思いたくないから、上司の良いところを探そう」
「こういう環…

趣味の数だけ逃げ道ができる〜山に登ってきました〜

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山へ登ってまいりました。












去年の9月末に友だちに連れて行ってもらってから
山への憧れが強くでてきました。

以前までは、 1日を山のためだけに使うことを「もったいない」としか思えなかったのですが、がらりと価値観が変わってきたようです。

医者に言われたことは「趣味をするように」でした うつ病を発症した2013年の秋。
わたしには、もう仕事しか残っていませんでした。

その仕事さえも取りされてしまって、
心療内科で医者に言われたことは「趣味をするように」でした。

高校の時から続けていたカメラが唯一の趣味でした。

よし、と思い切って外にでかけ、何枚かシャッターを切るのですが、思うように撮れない。何度も何度もシャッターを切るのですが、その度にうまくいかない自分への絶望感が心の中で広がっていくようでした。

大学の入学祝いにと父が買ってくれたカメラ。
部屋に置いてあるだけで、「お前は仕事もできないし、友達からも見捨てられ、唯一の趣味だって満足にできないダメな人間だ」という無音のメッセージを受け取ってしまうのに耐えきれなくなって、ついに売ってしまいました。

その時の日記はこちらです。
(面白いです、はげしく現実逃避している明るい記事になってますね笑)

趣味を本気でやりすぎる そんな唯一の趣味さえ満足にできなかったわたし。

問題だったのは「うまくできないこと」ではありませんでした。

その時のわたしの問題は「完璧主義的な思考」でした。

写真は顕著にあらわれていたと思います。
高校時代からずっと続けていて、大学のときには展示会まで開いていた写真。

なので、もともとの自分に求めるハードルがとーーっても高くなってるのです。

そのハードルを越えられない限り満足できない。
どころか、できない自分を責めに責めてしまうという有様。

「趣味」とは本来なんでしょうか?

デジタル大辞泉によると、
1 仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。


仕事や職業のように間違ってはいけない、失敗してはいけない、常に高いレベルを保っていなければいけない、評価されるようなものでなければいけないというものではないということです。

大事なのは「楽しい」と感じられているかどうか、です。
なんでもストイックにやりたがってしまうので、
いまでも気をつけないとなぁと感じる次第です。

趣味の数だけ逃げ道ができる
photo cr…

過剰適応がわたしをうつ病にした 〜3回目のカウンセリング〜 <過去記事更新>

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こんにちは。

いつもお読みくださりありがとうございます。

今日は、過去の記事を更新いたしました。

↓ ↓ ↓ こちらです ↓ ↓ ↓2013-12-14 過剰適応がわたしをうつ病にした。〜3回目のカウンセリング〜 こちらは病院を変えて、3度目のカウンセリング。

ちなみに、
1度目のことは記録していません。
また、詳しく思い出して書こうと思います。

二度目は こちら
2度目のカウンセリングは、まだまだ慣れず、かなり気を張っていた様子が出ています。
「申し訳ない病」にかかってることに気づいていますね。


今回は「後日日記」をつけてみました! いまの自分が振り返って客観的思うことを付け足しています。

よろしければどうぞ!



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たったひとつの椅子にしがみついてませんか?ー24回目の心療内科ー

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大きな台風も過ぎ去って、
ジメジメと暑い日々が続きそうですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
先日、心療内科へ行ってまいりました 初のカウンセリングなしの心療内科でした。

薬物療法をしていなかったわたしなので一概には言えませんが、
カウンセリングが主な治療方法だったので、少なからず「不安」がありました。

"薬断ち"をされる方の多くは、何かしら影響を受けてしまうもの。

"カウンセリング断ち"をするにあたって、どんな影響があるのだろうか・・・

"カウンセリング断ち"をした1ヶ月 結論から言いますと「安定」でした。

医師との診察の中では、
事細かに様子を聞いていただきましたが、

・睡眠、食事の面は◎
・精神面は◯時々△(ホルモンバランスの乱れによって)
・仕事の面は◯
・家族の面は◯
・前の仕事関係は相変わらず×

ネックは前の仕事関係 具体的には、前の仕事関係の建物や人、イベント、話題などに近づくと調子が悪くなってしまいます。(それなら離れればいいじゃんと思うかもしれませんが、わたしにとって本当に大切なものなのでこれからも大切にしたいと思うのです)

うつ病がひどかった時期は(2013年末〜2014年夏前頃の約半年)
「前の仕事に戻れなければ人生終わり」と思っていたので、
ここが一向に改善されていかない現実に疲弊していました。

去年の夏頃から、前の仕事にしかスポットを当てられなかった小さな視野が、次第に他の方へ向けられていきました。

土地を離れたり、本の世界へ飛び込んだり、運動をしたり、前の仕事についてあえて考えないように取り組んでいくうちに、すこしずつ病気が改善されていきました。

いまは、新しい仕事(アルバイト)も与えられていて、すこしずつ自信がつき、前の仕事関係に関われない自分を「それでも良し」と思えるよう変えられてきました。

もちろん、100%すっきり〜とはいきませんよね。
夜中にふと思い出して泣けてくることもあります。
前の仕事関係の友人のちょっとした一言に傷ついてしまうこともあります。


椅子をすこしずつ増やしていく 最近は、前の職場にあまり支配されなくなったように思います。

今まで自分の心の王座にどっしりと座っていた前の職場が、
重い重い腰をあげてくれたというイメージでしょうか。


わたしにとって、小さな時…

上司に「ざらつく一言」いわれました。〜境界線の引き方〜

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こんにちは、風があまりにも強くて、ふっと笑ってしまうImaIkuです。

前回の記事は思ったよりも反響がございまして、大変嬉しく思っています。

「楽な 方をえらぶ」というのは、簡単そうで難しいこと。

馬鹿正直で生真面目タイプさんには特に。

そういう方、ぜひ、一緒に「楽な方をえらぶ生き方」を練習していきましょう。
皆さんの葛藤や体験もぜひ教えてくださいね。


 ざらつく一言 さて、今日は「ざらつく一言」というテーマです。

きっと、あの人にとってはどうってことないたった一言なのに、
どうしても心に残ってしまって苦しい。


文脈から考えるとそこまで思い詰める必要のない一言なのに、
どうしてもその言葉が頭の中でリフレインされて気持ちわるい。

こんなこと、皆さんはありませんか?

わたしはとってもよくあります。笑

特にうつ病がひどい時はよくありすぎて、そのたった一言が引き金となってうつの症状がひどくなることも多々ありました。


今日の上司からの一言 実は、先日、会社の同期の方々4人で女子会を開きました。

3人はわたしと同じパート・アルバイトの方。
1人は新卒の子。

たまたまの流れで4人でランチをしたのです。
これは結構楽しかったのですが・・・

それからもう10日以上も経った今日、女性上司から電話が!

「パートの子たちとご飯行ったの?」
「あ、はい行きました。」
「休みの日だったの?」
「はい、そうですが・・・」
「他のパートの◯◯さんや△△さんには声かけたの?」
「いや、かけてませんが」
「それってどうなのかな?」
「え、どういうことですか?」
「もし、ImaIkuさんが同じ立場だったら誘われなかった・・・って思わない?」
「誘われなかったとは思いますが、別に全員に声かけなきゃとは思わなかったです。」
「まぁ人それぞれ感じ方は違うからね。ごめんね、仕事終わりに、お疲れ様です。」

ほんと先ほどの電話だったのですが、
なんだかまだ悶々としちゃってます・・・。


いま、悶々引きずってます こういうのを「聞き流す」のがとっても苦手なタイプです。

どちらかというと優等生タイプ。学級委員長タイプ。
なので、"良い子"のわたしは「みんな誘った方がいいかな」って何度も思いましたよ。笑

でも、わたしが企画してるわけじゃなかったし!!!
そんなぐいぐい系なキャラで行きたくなかったし!
みん…

「すごい順調」には秘訣があった〜うつ病1年半で会得した求めすぎない生き方〜

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はじめに こんなにも不定期なブログに、足を運んでくださっている方がいらっしゃること。
とてもとても感謝なわけでございます。

いつもありがとうございます。

最近をひとことで言い表すと「すごい順調」です。

ブログをはじめて約1年半。
まさか、こんな言葉を口に出す日がやってくるとは・・・。。

神様は思いもよらないお方です。
神様は思いもよらない・・・とは、思っていた通りの回復ではないということです。


わたしの思い描いていた回復のカタチわたしが思い描いていた理想の回復とは、

1、正社員として社会に貢献すること
2、家族や友人と良好な関係性を持つこと
3、理想的な異性と出会い、結婚し、幸せな家庭を築くこと

教科書どおりのような自己像を想像していたわけです。


うつ病になってしまい、休職し、退職し、無職になってしまったこと。
カウンセリングを通して、すこしずつ自分の気持ちに正直になればなるほど、家族への憎しみが湧いてきてしまったこと。
うつ病急性期の頃は人の会うことが恐怖で、外に出られなかったこと。
思いを寄せていた異性から距離を取られてしまったこと。

すべて自分の理想からかけ離れていく「現実」がそこにはありました。

このことを強烈に意識しているときはどん底状態でした。

だ・け・ど

「いま、「すごい順調」ってことは、なんだかんだで123を手に入れたの?」
と思われるかもしれませんが、

いまのわたしは1も2も3も手に入っていません。

ですが、とても順調なのです。


「理想的な自分」を手にいれることが回復ではなかった わたしがこの1年半の療養生活の中で、教えられた大きなこと。

それは「理想的な自分になったからと言って完璧な幸せは手に入れられない」ということです。

これに気づいた大きなキッカケは、
社会人1年目のことを振り返るときにありました。

 社会人1年目、約半年でうつ病発症。
そのガムシャラに働いたわたしの生活は、
客観的に見ると1も2も3も手に入っていました。


ですが、いつだって「足りない」「もっと頑張らなくては」という思いがわたしの心にはあって、焦燥感にかられ、ストレスまみれの日々でした。



とても順調なのは、わたしの心が楽だから とても順調というのは、ストレスが皆無なわけではありません。

以前に比べると極めてストレスフリーですし、
ストレスが湧いてくるとすぐに発散する癖がつきま…

フィルムカメラはじめました。

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みなさんは、自分の好きなことがわかりますか? わたしは病気になったとき、わかりませんでした。

病院の先生には「ImaIkuさんは自分が全然ないね」と言われました。

最初のカウンセリングでは木の絵を書かされて、
「この木のように誰にも振り回されずまっすぐと生きたい」と泣いたこと。
 きっと忘れないと思う。

芯がないこと つまり自分がないことがわたしの弱点でした。

芯はかならずできること 自分はかならず育つこと  そんなわたしも約1年半かけて、一生懸命取り組んできました。

「自分をたいせつにする生き方」を。

ひとりじゃなくて、たくさんの人たちとともに。

 無理をせず、できるかぎり、精一杯。

 そうしたら、自分の好きなことがすこしずつすこしずつ増えてきました。

好きなこと 追加  さて、好きなことが増えました。

それは「フィルムカメラ」です。

自分よりもだいぶと年を取っているレバーで巻き上げるタイプの一眼レフフィルムカメラ。

とてもレトロです。父のものを譲り受けました。

とてもよいです。


すこしだけ、ご紹介させてください。





 フィルム写真だし30年ぶりに使うカメラなので、だいぶガタがきています。

だから、良い味がとてもでます。

 かなり楽しいです。




今日もすこしずつ。



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医者の診察までやめなかった理由〜カウンセリングをやめた後〜

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「診察の方も、もういっか?」前回の記事 では、さらっと流して書いたことですが、
たいせつなことだったと思うので詳しく書き残しておこうと思います。

前回の診察の結果、約1年半続けていた「カウンセリング」を一旦終了することになりました。これは、大きな変化と言えると思います。

薬物療法をおこなっていないわたしにとって、
「カウンセリング」はとてもたいせつな治療のひとつでした。

そんな中、医師の診察において、
カウンセリングを終了する話の流れの中で、
「診察も、もういっか〜?」と言われました。

医師の意図はなんだったのかわかりません。

ですが、反射的に、「それは不安です・・・」と言っていました。


これから変化がはじまっていく予定 調子もだいぶ良くなってきたので、仕事の時間を増やしていく予定です

そんな変化が目に見えて想像できる中、
カウンセリングだけでなく、診察までなくなってしまうのは「不安」というわけです。

ちなみにカウンセリングがなくなることに対しては、ほぼ不安はありません。
(このような心の状態になるまでは、カウンセリングはやめない方が良いとわたしは思います)

ですので、月に1度、経過報告をしにいくことになりました。
まぁ、今までとそこはなんら変わりない感じです。

医師には「まだ、完治というわけじゃないからね。ゆっくりゆっくりできることを増やしていきましょう」と言われました。


病院に行っている自分が恥ずかしかった頃 心療内科へはじめて行った時のことを思い出します。
参考URL*2013-11-23 はじめての心療内科。
とてもつもなく恥ずかしかった。悔しかった。

それからも、ステージに合わせていろんなことが恥ずかしかったです。

・心療内科へ行っていること
・うつ病と診断されたこと
・薬物療法をしていること
・カウンセリングを受けていること
・引きこもりなこと
・仕事ができないこと
・趣味もできないこと
・無職であること
・フリーターであること
・いろんな症状が心にも体にもあらわれること

わたしの人生に確実に起こってしまっている事実を、
事実として受け止めきれなくて、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったんです。

みなさんはいかがでしょうか?

受け入れられなかったからこそ、
こんな自分ダメだと思っていたからこそ、
焦っちゃいけないのに、焦っていたと思う。

言葉にしてしま…

カウンセリング一旦終了。ー23回目の心療内科②ー

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前回のはなしをカウンセラーに伝えました。
参考URL:2015-06-17 いま頑張れることを一生懸命するだけ。ー23回目の心療内科①ー

簡単にまとめると、
・自分がいま何を頑張れば良いのかがハッキリしていること
・まえの職場以外はかなり安定していること
 (眠りも食事も精神状態も比較的安定)
・自分の「すき」「きらい」「らく」「つらい」が分かってきて、コントロールすることがある程度できるようになってきたこと

などを伝えると・・・

「ほんとうに生き生きしてきたね」と言ってくれました。 これはとっても嬉しいことです。

というのも、最初の方のカウンセリングではよくこう言われていました。

「ImaIkuさんは"自分が全然ない"んだよね」

自分が全然なかったわたしでしたが、
自分をたいせつにすることにとことん取り組んできました。

ほんとう苦しかったけれど、逃げずに向き合ってきた。

それで、やっと自分らしく生きられるようになってきて、
こうして、先生に「ほんとうにわたしが生きているって感じだね」と言われたことはほんとうに嬉しいことだったのです!

以前の記事を、いまのブログに起こしているのですが、
ほんとうに変化が見えて嬉しい限りです!

薬の効果じゃないけれど、
カウンセリングの効果が見えてきているわけです。

カウンセリング一旦終了 2ヶ月カウンセリングを受けなくても比較的安定していました。
仕事も休まずに行けました。
ただ、まえの職場に近づくと鬱的になります。
それなら、まえの職場からは離れていましょう。

そんな話をし終わったあと、
「これだけ自分の気持ち(本心)が分かってきて、その通りになるべく負い目なく行動できるようになってきたのも先生のカウンセリングのおかげです。」

「いえいえ、一生懸命取り組んでこられましたからね」


「そろそろ、もういいかなと思っているんです。」

「そうですね。前回も忘れてましたしね。忘れるくらいがいいんですよ。また、いつでも利用してください。」

そんな話をし、医師からの許可もおり、約1年半続いたカウンセリングも今日て一旦終了となりました。

なんだか、「卒業」っていう印象です。

あまり不安もありません。
だって辛かったら、また戻ってきたらいいんですもん。

医師との面談 医師にも「いい感じだね」と言われました。

「もう診察もいっか〜?」と冗談で言われましたが、急にカウンセリング…

いま頑張れることを一生懸命するだけ。ー23回目の心療内科①ー

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心療内科に通いはじめて約1年半。 最初は薬物療法があわずにやめて、すぐに新しい病院に変えました。

いまの病院では、
①1ヶ月に1度のペースでカウンセリングをし自己形成をすること(いわゆる認知行動療法)
②しっかりと休息を取り無理をしないこと

という2点を徹底的に行う治療法でここまでやってきました。


ほんとういろいろありました。笑
すこしずつ今のブログに以降していますが、よろしければ、以前のブログのこちらのカテゴリ「病院/カウンセリング (30)」からご覧ください。


前の職場に行くときだけ・・・ カウンセリングでは、この2ヶ月(前回すっぽかしたので)の近況をお話ししました。

もう先生は「良き友だち(先輩)」といった間柄に思えています。
同性でもありますしね!

この2ヶ月、いろんなことに挑戦してきた。

わたしの生活は3つに分けることができると思う。

1、家庭 (家事手伝いなど)
2、いまの仕事 ( 週4・5時間勤務中)
3、まえの仕事関係


みなさんにはうまく説明しづらいのですが、
「3、まえの仕事関係」は仕事に就く前から関わりがあり、大学を卒業後、自分が運営する側になりました。そのタイミングでうつ病を発症。

もともと関わりもあり、自分もかなりの思い入れがあるため、仕事としてではなくてでいいので、関わりは続けていきたいと思っています。

うつ病を発症し、休職し、去年3月に退職。
病院からは「3、まえの仕事関係のことは考えず、徹底的に休むように」と言われていましたが、体の調子がよくなってくるとすぐに「まえの仕事関係のイベントに参加したり、その関係者と遊んだり、会ったりするようになっていました。

ですが、この二ヶ月で気づいたこと。

家庭や今の仕事をしているときは、うつ病でないと思うほど元気。
前の職場に関わったり、前の職場に足を運ぶとうつ病の症状が出てくる。
アレルギー反応? 拒否反応? みたいな感じなのです。

いまはダメという証拠

これは、ある意味「トラウマ」的な状態らしいです。

ずっとその場所に行ってはいけないというわけではなく、上手に距離を取っていくようにと言われました。
つまり、ずっとダメというわけではなく、「いまはダメ」ということ。

その分、うつ病になった時は、仕事はなかったし、家庭でも辛かった。

それが、今では、すっごいたのしい仕事が与えられている!!

そうなんです。今の仕事、すっごい楽しんです。

前の仕事は、人のケア…

うわ、心療内科行くの忘れてた・・・。

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2日前、40日ぶりの心療内科でした

が、なんと、忘れていました!!

これは、1年半年心療内科に通い続けている中ではじめてのことでした。

もう行かなくてもいいかなと今年の2月あたりに思ったのですが、医者の方から「もういいですよ」と言ってもらえるまで通い続けようと思っていました。

現に3月の末には急性期の頃に戻ったような症状が続き、アップダウンの激しい一ヶ月間を過ごしました。

なので、4月での診察はとても役に立ったように思います。
参考URL:2015/4/14 調子にのってるねぇ、落ち着こうね。ー22回目の心療内科ー


今日と昨日と弾丸旅行をしてきました

またも以前の職場関連のイベントに参加してきましたが、ハードでした。
(うつ病を引き起こしてしまった職場です)

自分の大好きだった仕事。
大好きだった環境だったからこそ戻りたい、関わっていたいという欲求があります。

仕事を休職し、退職して約1年弱離れていましたが、新しい職場(全く違うジャンル)も与えられたので、すこしずつ関わりを戻していくようにしていました。

だけど、前の上司に会って仕事ぶりを見たり、わたしのポストに入った新人の子と関わるとどうしても仕事をしていた時のことがフラッシュバックするし、情緒が不安定になってしまいます。

まぁ、客観的みたら、そうなるだろうなと思う状況なのですが。。。

この心と体のアンバランスさに戸惑いつつ、今回の一泊二日も過ごしました。

やりたいのにできない。笑いたいのに笑えない。
盛り上がりたいのに盛り上がれないし、関わりたいのに関われない。
そんなジレンマを感じています。

だけど、以前の自分は「やりたいのにできない、けどやる」「笑いたいのに笑えない、けど笑う」なんて生き方や働き方、人との関わり方をしていました。

そう思うと、いまの自分は100点満点ではないですが合格点の生き方だと思います。

ちゃんと、わたし変わっているんです。



うわ、心療内科行くの忘れてた・・・。

いまのお仕事をしつつ、家事も手伝いつつ、そのイベントに参加するとなった途端、前日まで覚えていたのに、すっかりと忘れてしまっていました。

こんなことは初めてで、しかも、いまのいままで気づかなかったのです。笑

明日、謝罪の電話を入れる予定です。

今回のイベントでも若干症状は出ましたし、まだまだ不安定な部分はありますが、3月末〜4月にかけ…

Dr.倫太郎を見てうつ病患者が思うこと。

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みなさん、こんにちは。
ドラマ好きなので、大人になったいまでもシーズンに1本〜2本は見てしまいます。(大学時代〜社会人1年目はテレビ無し生活するほどストイックでしたが笑)

さて、今シーズン見ているドラマのひとつで、ちょっと家族の前では見辛い作品が「Dr.倫太郎」です。
みなさんの中で見られている方はいらっしゃいますか?

Dr
.倫太郎とは
みなさんもご存知、大俳優の「堺雅人」が主演を務める水10ドラマ。

天才的な洞察力を持つ精神科医である倫太郎は、「患者に寄りそう医療」を重要視していて、データのみで治療する先輩医師との比較がよくえがかれています。
ドラマは現在、第4話。本日5話目です。
1話ごとに様々なな精神疾患をわずらった患者の問題を解決していくストーリーとなっており、あきることなく見ることができます。

その中でも、ヒロイン の蒼井優演じる「芸者:夢乃」の存在感がすばらしい。

倫太郎先生ご自身もかつて母親との関係で傷を負っており、
今もなお母親の愛情不足で心をすり減らし、
ついには精神な病を引き起こしていることが4話であらわになっています。(1話終わりあたりからそのヒントは散りばめられているのですが)
今後どのように夢乃に寄り添っていくのか、
その他の精神疾患患者と向き合っていくのか楽しみです。

極端すぎるシーンもあるけど

ドラマを見ていて思うのは、
「おおげさでしょ!」っていうほど精神疾患患者が荒れていること。笑

「精神疾患患者をバカにしてる?」と思っちゃいます。
 あと、こんな超ボディータッチしまくりの精神科医なんていや!だし、
患者の顔を見ずパソコンと向き合って治療する精神科医もいや!という
両極端しか描かれていないのも、ドラマだな〜って感じるところです。

わたしの通う心療内科(精神科)はちょっと違いますよ!笑

まぁ、医療系ドラマも「現実は違いますから」とよく言われるので、「ドラマの世界だな」と客観的にも見ていただければ素晴らしいドラマです。

今シーズンドラマの中で頭一つ抜き出た視聴率を出し続けている現実を見ると、まさに今の時代に必要なドラマだったのだと実感します。



「あなたの味方です。」という言葉

堺雅人といえば、「ツレがウツになりまして。」でうつ病患者を好演されたご経験があります。患者サイドも演じたことがある方の演技となるとかなり見応えがありますよね。

このドラマで、倫太郎先生がとても大切…