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生きることに積極的になれない

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ラジオ体操をやってみる 外にでたいと思えない。
人と会いたいと思えない。

でも、このまま身体が衰えていくのは困る。

それで、今日からラジオ体操をやってみようと思います。
何か一つでいいので目標を決めてみようと思いました。

失敗してもいいんだよ、と自分に言い聞かせてっと。

分からないことの方がきっと多い うつ病になる前から、「なんでだろう?」とよく考える癖があった。

病気になって、
「なんで自分は生きているんだろう」とか
「なんで死んでしまいたいと思ってしまうんだろう」とか
時間が驚くほどあるから、わたしは「分からない領域」に足を踏み込みまくっている。

そんなこと、分かるはずなんてないけれど、考えてしまう。

分かるはずなんてないのに、分からないと、悲しくなって、死にたくなる。

でも、どんな偉大な人たちだって「そんなこと分からねぇよ」と生きている。

分かっているのは「今日も命が与えられている」ってこと。だけなのかな。

他にも、自分の気持ちの動きとか、人の感情の流れとか、全然分からない。

どうしたら自分が嬉しいのか、分からない。
多分、やってみなきゃ分からない。

こうした方がいいんじゃないかってやってみるけれど、上手くいかないことばっかりなんだ。

最初から「わかっていること」なんて、きっとほとんどない。

最初から「わかっていること」ってのは、きっと「わたしが今生きているってことと、あなたが今生きているってこと」。

たったそれだけなんだと思う。

たったそれだけの事実の中で、わたしたちは生きていく。

自分を信じて。

わたしは神を信じる自分を信じて。



わたしがイマ恐れていること 饒舌になる時は、決まってその場で負けていると感じる時だ。
ムスっとなる時は、決まってその場で受け入れられていないと感じる時だ。

以前飼っていたペットはとても凶暴で、小さなころ、何度も噛まれて今でも痕が残っている。

そのペットは多分、かなり寂しがりやで、私たちに愛されたかったんだと思う。

そんなペットをイマ思い出して、自分と重ねてみている。


病気になってから、
「1度でも受け入れてもらえた」と感じられた人になら会える。
だけど、病気になってから
「会ったことがない人」には会うのがとてつもなく怖い。


まさにイマ、弟の友だちというのは、それにあたるのだ。

それで、わたしは、動けずにいて、怯えている。


じゃぁ、わ…

上司も同伴で「まだ無理なんだ」に気づく〜4回目の心療内科〜

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はじめに 薬物療法が体に合わず、病院を変え、
新しい病院での診察は4回目になりました。
現在、2週間に1回のペースで診察していただいています。

うつ病と診断されてからは約2ヶ月が経とうとしています。
前の病院の含めると、6回目の診察。今病院が4回目となります。

少しでも調子がよくなると、
職場へ行って仕事をしようと思ったり(思うだけ)
人に会おうと努力したり(実際会えた人もいる)
うつ病の本を読んで勉強したり(読めない時もある)
ぐーたらしないように趣味を見つけたりしました。

病人なりにとても頑張ったわけです。

12月中旬頃からすこし浮き始めてきた?

と思ったのですが、仕事のことを考えたり、上司に会って復職について考えたりすると、とても落ち込んでしまい「ふりだし」に戻ったように感じました・・・。

「頑張らないこと」がうつ病を治す?うつ病と付き合う?
それが秘訣なのに、私はすごく頑張ってしまっていたのでした。

今の状態は、一応頑張りすぎたのを教訓として、
なるべく頑張らないように心がけています。

気分は、とてもローです。

そんな状態で、診察へ行ってきました。

今回は、はじめて上司同伴の診察です。


診察の流れ まずは、カウンセリングが50分。

診察室にわたしだけが入り、15分ほど。


「調子はどうですか?」
「上記のことをもう少し詳しく説明」

「仕事のことを考えると憂鬱ですか」

「むしろ働きたいというモチベーションはあります!
ですが、職場関係の人とバッタリ会って、号泣してしまって、自分の身体は拒否反応を起こしていると思ってます。」

「うん、まだムリだね。焦らずだね。」

診察室から私は一旦出て、上司だけが入る。

診察室に呼ばれ、私と上司と先生と3人になる。


まだ無理だったということ 医者に「憂鬱ですか」と聞かれて、首を横にふれませんでした。

頭ではできても、分かっても、身体は震えたり、汗をかいたり、涙を流したり、と勝手に反応を起こす自分が情けない。

とてもとても悔しい。

でも、上司にそう話すと、

上司には、「これが病気ですよ。」と言われました。

悔しかった。すごく悔しかったけど、認めるしかないって思いました。

そんなにも自分に向き合ってくれる上司が与えられていることが
何よりも感謝なことなんだって思いました。




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プロジェクトから外してもらった。

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昨日はじめて気づいたことがある。 真っ暗闇の11月、12月を過ごしてきて、
昨日はじめて気づいたことがある。

今年の夏に開催がきまった「全国規模のプロジェクト」の企画運営メンバーだったわたし。

チームメンバーは、関東と関西あわせて17名。

最高に楽しみだったし、毎日そのことを考えた。

チームで何かを作り上げていくことはとても好きなことだった。

そうだったけれど・・・

ミーティングを何度か終えた11月にまさかのうつ病発症。

昨日までプロジェトメンバーから「外してもらう」ということを考えなかった。

多分、そんなこと考える余裕がなかったんだと思う。

でも、今日、そのチームに在籍してることに、ものすごい負い目を感じた。


なんで気づいたかって・・・

今日いつもの場所で、ミーティングが繰り広げられている。
とSNSで知ったからだ。

今日もいつもの場所でみんなが話し合っている。
そう思うと、
うらやましい思いと、
情けない思いと、
申し訳ない思いが混ざりあって、気持ち悪くなる。

今日、思い立って、リーダーに、メールした。これから、◯◯◯のミーティングですが、私は参加できません。
この調子だと私は何の役にも立てそうにありません。
ですから、チームから外していただきたいと思っています。
無責任で申し訳ありません。


これを打っている時、涙が止まらなかった。

喉の方が痛くなるほど、泣いた。


あぁ、わたし、くやしいんだ。


あぁ、わたし、かなしいんだ。


なんで、なりたくもないうつ病になって
呑気に過ごさなきゃいけないんだよ。


本当は、バリバリ働きたいのに、
どうして、わたしは人に会うと震えて泣き出してしまうんだろう。


もう、二度と職場には戻れないんだ・・・、そう思った。


今日は、もう、頭も痛いし、寝よう。




そんな一日もきっとあっていい。






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過剰適応がわたしをうつ病にした。〜3回目のカウンセリング〜

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1、心療内科の中 2週間ごとに行くことになった金曜日16時からの心療内科。
家からは車で10分もかからないところで、ビルの3階にある。
ドアを開くと、病院らしくないソファと椅子がいろんな場所にあって、上手く本棚や壁が目隠しとなって、どこに座っても人の目が気にならないように配慮されている。
私は3回ともいろんな椅子に座ってみたりしている。

2、3回目のカウンセリング カウンセリングをしている人は少ないのか、
5分前に到着すると、すぐにカウンセリングルームに入れてもらえる。

「こんにちは」

先週は先生が風邪をこじらせて喉を痛めていたことを、この2週間の間、なぜか三四回思い出していた。
そして、その瞬間も思い出したので「声よくなりましたね。」と声をかけた。

そう声をかけている自分を見ても、他人に気を遣えるようになってきたと実感するし、
この2週間のことを振り返っても、私は明らかによくなっていると思って、

「最近どうですか」と聞かれて、
すぐに「最近調子よいと思うんです」と答えた。

前回のカウンセリングは、沈黙が多く、自分のうつの状態も悪かったのか、先生に対して不信感を抱いてしまった。
URL * 2013-11-29 医者も臨床心理士も利用したれ。〜2回目のカウンセリング〜

でも、この2週間考えまくって、結局「行こう」って決めた。
なるべく前向きな気持ちで。


3、ちょっと積極的になってみた 

今回は「この先生のタイプからすると、自分からいろいろ話した方がいいかもしれない!」と思って、いろいろ話したり、質問も積極的にしてみた。 前は“完全受け身”でいってみたから、不完全燃焼になっちゃったんだと思う。
だから、新しいやり方でやってみたわけだ。

これが、案外良かった。

カウンセラーにもたれかかりすぎず、自分をちゃんと持ってやってみよう。


4、カウンセリングで気付かされたこと 先生に話を聞いてもらっているうちに、
なぜ自分がうつ病になってしまったのか?という話をすることになった。

うつ病っていうのは、大きな喪失を経験した時になることが多いと色んな本に書かれている。
でも、私の場合、そういうことが思い当たらない。
所謂うつ病になりそうな家庭で育っていないし、そういう喪失もしていない。

じゃぁ、なんでうつ病になってしまったのか…???
先生と話をしていく内に分かったことがある。
それは、“過…

心療内科に行くと苦しいけれど、前に進める。

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心療内科でのわたし 明日は2週間ぶりの心療内科だ。

先週は終わった後、とても心がざわついた。

医師と臨床心理士の言葉や態度に、
いちいち傷ついたり、励まされたりしたからである。

やっぱり、心の奥底の部分を掘り出して話す分、受けるダメージは大きいと思う。

それでも、明日病院に出向くのは、
先生たちの一言でわたしの人生は少しずつ進んでいるという確信があるからだ。

「頑張ってみてもいいんじゃない。」
「ちょっと焦りすぎだねぇ。」
「まだ、まだ、ゆっくりしてなさい。」

そんな小さな一言だけれど、不思議とするりと心に入り、わたしのその後の歩みに染みわたっている。

それはきっと、
心に積もった不安をそのままそっくり話すことができて、
それを先生たちはどしんと構えて受け止めてくれたからだと思う。

心療内科に行って気付いたけれど、私には「自分の心に積もった不安をそのままそっくり話す人」がいない。
信頼している家族も親友も友だちも上司もいるけれど、私はその人たちに1番悲しいことを話すことができない。

多くの人がそうだろうか。

「こんなにもストレートに言ってしまったら、重すぎるんじゃないか…」
「これ以上いったら泣けてきてしまう…」
「これ以上言うことは正しくないこと…」

我慢して気を遣って人に話してきたと思う。
そんなふうだから、意見されると「何も分かってないくせに」と心のどこかで思ってしまってどっと疲れる。そりゃ悪循環だ。

そういう私にとって、心療内科とは不安をそっくりそのままぶつけて良い場所
カウンセリングルームで毎回泣いてしまっているのが、その証拠だと思う。


明日はどんな話を先生に話すんだろう。その場にいって、先生に素直に話していく内に、いつの間にか口走っていることがある。

それが、自分でも自覚してなかった一番悲しいことだったりする。



前回のカウンセリングでは、
「家庭でも仕事場でも友人の間でも良い人でなければならないと思った」と口走ったとき、号泣していた。

その前は木の絵を書いて、「あなたが木だったらどんな気持ち?」と聞かれた時、「木だったらいいな」って言ったとき、喉の奥が熱くなって涙が止まらなくなった。

私は木のようにブレない人間でありたいと思っていて、私は良い人であることに疲れていたと初めて知った。自分のことを知る機会になった。

人と関わるから、もちろん苦しくなったり、悲しく…

うつ病というレッテルは多分なくならない。〜うつの時のオススメの本〜

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うつ病がオープンになって

長い間かなり信頼していた人たちがいた。
病気になる前は、よく連絡をしあったし、いろんな話もした。
だけど、うつ病になってパタリと連絡がなくなった。

とても、かなしい。

もっと熾烈な偏見にあっている人は、もっと悲しいのかなと思う。

「うつ病」というたった一枚の皮を被ってしまっただけで、自分の人生はこんなにも変わってしまうものなのだろうか。

わたしも距離をとった側の人間だった

大学生の時、リストカットをしている人を見てどん引きしてしまったことがある。
この人はどうしてそこまでして自分を傷つけ、自虐的になっているんだろう。
やさしくして依存されたら対応できないし、傷つけないように自分は身を引いておこう。
そんなふうに思ったと思って、距離をとったことを思い出した。

その人がどんな人で、どんな生き方をしてきて、どんな考え方をしているのか・・・
あの時のわたしは何も見なくて、
ただ、その傷だけを見て「関わるのをやめよう」と思った。
きっと、わたしから身を引いた人たちは、そんなふうに恐れてしまったのかもしれない。

わたしという人間、人格を知っている人であっても、
何度も「あいしている」と言ってくれた人であっても・・。


シンプルに生きるを読んで

いま読んでいる柳田邦男先生と香山リカ先生の本。
シンプルに生きる』という本がとても良い。

前半にこんな言葉がでてきて、妙に納得させられた。

私たち西洋医学の医療従事者は、とかく人を見ないで病気だけを見たり、症状だけにスポットを当てがちなんですが、彼女は全然見方が違う。
患者さんを全人的に見るとでも言うのでしょうか。
背景も含めてその人全体の一部に症状があるというとらえ方なんです。
p76

まさに、「患者」ではなく、「病」をみる。
そうでなければ、ただしく治療ができない面もあるのかもしれませんが、精神医学のなかでは、このように関われてしまっては患者はさらに追い詰められてしまうように思う。

あまり目立っていないように思う本なのですが、
読んでみると自分自身を客観的に見れるような気がした。

医者や看護師、介護士という「人を診るプロ」であっても、人を人として見れない。
まして、一般の人がはできないか・・・・。
と思うと、なんだかフッと諦めがついた。

おわりに

うつ病になってわたしの人生は変わったと思う。
でも、思ったより変わってはいないと思う。

「こころが晴れるノート」をやってみました。

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やすんでいても、やすまらない。やすまってくれない。

何もしないで過ごしていることに、強烈な罪悪感を感じてしまう。
何かをしたい。
うつがよくなるように何かしたい。

Amazonの「ストレス・心の病気」カテゴリのNo.1にランクインしている人気書籍。
こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳

そんな気持ちにかられて、中古で500円以下で購入。



帯にも書かれているけれど、
この本は「うつと不安の認知療法自習帳」というもの。

こういうこと、「勝手にはじめてはいけないのかな?」と不安に思ってしまい、まずは担当のカウンセラーに相談しました。

カウンセラーは、「頭では分かるけど、実際に行動したらできない。っていうことがあると思うから、私からはすすめない。でも、やりたいならやっても良いと思う。」と伝えられました。

よく聞くような言葉だと思うけれど、
 やってみても変わらないかもしれない。

でも、やらないきゃ変わらないまま。

たくさんの人に読まれている本だし、やってみよう。

ということで、少しずつやっています。

”わかりやすい”印象があります。
うつ病になると、まず本を読むことが苦しくなる。
気分が悪くなったりしませんか。
わたしもたまになりますし、ずっと読み続けると疲れてきます。

ですが、この本、難しい言葉も使われていないし、
絵や図で分かりやすく説明しているので、頭で整理しやすいです。



どこに連れて行かれるのか分からないと不安ですが、
こういうふうに色んな所で「みちすじ」を見せてくれるので安心です。



今日はここやりましたよ!



何より良かったのが、「うつ病の説明」でした。

色々な本やネット、医者や周りの人も色んな説明をするけれど、
この説明が一番”よりそってくれている”と感じた文章でした。


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何もできない時もある。

それが、ほんとうにつらい。

何かできた時、
あぁ、何かがあるってこんなにもありがたいことなのだと知った。



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